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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)132号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

成立に争いのない甲第四、第五号証によれば、本件審判事件における審判請求から審理終結に至るまでに原告が請求人としてした主張関係は、次のとおりであることが認められる。

1 原告は、昭和五九年八月二九日、ハウニ ウエルケ ケールバー ウント コンパニー コンマンデイツトゲゼルシヤフトを被請求人として、本件特許無効の審判を請求し、昭和五九年審判第一六六七二号事件として受理された(右事実は、当事者間に争いがない。)が、右審判請求書に記載された本件特許の無効理由の要旨は次のとおりである。

本件発明における主要構成は、(a)フイルタ連続体材料を被覆テープで連続被覆する装置において、熱溶融接着剤(ホツトメルト)の塗布装置を供給部と連続体形成手段の間に設ける、(b)前記の連続体形成手段に、重ね合わせた被覆テープに対する熱源を附属させる、にある。右要件(a)は第一引用例に記載されているから、本件優先権主張日前公知である。なお、第一引用例に記載されたポリ酢酸ビニルをベースとする接着剤が本件発明の熱溶融接着剤に相当することは、「接着」誌第一二巻一九六八年三月号第一九頁、及び「接着便覧」一九六九年版第七〇頁の記載事項から明らかである。また、要件(b)は、第二引用例に記載されている。第一引用例には、要件(b)についての記載はないが、「接着」誌第一三巻一九六九年四月号第五四頁及び前掲「接着便覧」の記載からみて要件(b)を示唆するものである。したがつて、本件発明は、本件優先権主張日前の公知技術により容易になし得る程度のものであるから、特許法第二九条第二項に違反し、同法第一二三条第一項により無効にされるべきものである。

2 次いで、原告は、特許庁審判長に対し、本件弁駁書を提出したが、本件弁駁書に記載された本件特許の無効理由の要旨は次のとおりである。

本件発明においては、連続体形成手段に熱源をとりつけ、塗布後において熱溶融接着剤をもう一度活性化して接着能力を呈するようにしたものであるが、熱溶融接着剤のこのような使い方は、「接着」誌第一三巻における「ヒートシール等の方法による付着」等の記載をまつまでもなく本件優先権主張日時において知られているところである。

本件発明における特許請求の範囲の記載に従つて公知技術を再検討してみるに、

(一) 本件発明の構成のうち「材料を長さ方向に送るための送り装置、被覆テープを連続体の上に被覆する連続体形成手段、液状接着剤を被覆テープの縁に塗布する塗布装置、連続体形成手段の後に続く被覆済み連続体の接着縫合部の強制冷却をする冷却装置を有するタバコ加工業で使用される材料、特にフイルタ連続体材料を被覆テープで連続被覆する装置において、……連続体形成手段に液状接着剤を被覆テープの縁に重ね合わせた後加熱する熱源を附属させる構成」は、第二引用例における無端のベルトコンベア(continuous closed belt conveyor)B、チユーブ形成手段(tube forming means)13、粘着剤供給回転盤(rotary adhesive applying disc)65、クーラーユニツト(cooler unit)17及びヒーターユニツト(heater unit)16により公知である。

(二) また、本件発明の構成中、「液状接着剤を連続体に被覆する前に被覆テープの上に塗布するよう塗布装置をボビンから成る供給部と連続体形成手段の間に設ける構成」は、第一引用例における「上記材料の周りに紙を封緘するための粘着剤は、紙のウエブがガーニチヤに進入する前に、下方に位置決めされたのり付け装置によりその紙のウエブに塗布される。FIG1Aには、ウエブ3にのりを塗布するための装置が図示され、またFIG4には、ウエブ3にポリ酢酸ビニルを塗布するための装置が図示されている。各々の場合に、その粘着剤はその紙の一端縁に接近して走る連続した細いストリツプ内に塗布される。」(第三頁第一八行ないし第二四行)との開示により公知である。

(三) よつて、第一引用例と第二引用例に示される各公知技術を組み合わせて本件発明の構造とすることは容易であり、この際において液状接着剤に代えて熱溶融接着剤を用いることも当業者が必要に応じて容易になし得るところである。

そして、本件弁駁書が昭和六一年二月二五日特許庁審判部に受理され、特許庁審判長の本件審理終結通知は、その受理後である昭和六二年四月二八日付でなされ、同年五月一一日原告に到達したことは、当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、審決が、審決の理由の要点において、「請求人(原告)は、第一引用例を引用し、本件発明の構成要件の一である加熱溶融接着剤を被覆テープに塗布する塗布装置は、本件優先権主張日前に公知のものである旨主張し、これを根拠の一つとして本件特許の無効を主張している」と摘示した主張は、審判請求書に記載された主張に基づくものであるところ、右主張は本件審判手続において適法に主張された本件弁駁書記載の前記2の主張のとおり変更されたものである。そして、本件弁駁書記載の前記2の主張によれば、原告は、第一引用例には「液状接着剤」を被覆テープに塗布する塗布装置が記載されていると主張し、この第一引用例と第二引用例に示される各公知技術を組み合わせて本件発明の構造とすることは容易であり、この際において液状接着剤に代えて熱溶融接着剤を用いることも(本件弁駁書記載の前記周知技術からみて)当業者が必要に応じて容易になし得ると主張しているのであつて、第一引用例には「加熱溶融接着剤」を被覆テープに塗布する塗布装置が記載されていると主張しているものではないことが明らかである。

しかるに、前記審決の理由の要点によれば、審決は、前示変更前の審判請求書の記載に基づき、本件特許の無効理由を摘示して、原告においては加熱溶融接着剤を被覆テープに塗布する塗布装置が第一引用例に記載されていることを根拠の一つとして本件特許の無効を主張しているが、第一引用例には「加熱溶融接着剤」又はこれに対応する語は全く記載されていないと認定し、「請求人の主張はこのようにすでに前提において誤つているから、爾余の点について検討をするまでもなく、失当なものというほかない。」と判断したものであるから、審決が、本件弁駁書記載の主張についての判断を遺脱したことは明らかであり、本件弁駁書記載の主張からみて、その主張について判断がなされるならば、審決が異なつた結論に到達する蓋然性があるというべきである。

以上のとおり、審決には特許無効審判請求事件において請求人が適法になした主張について判断を遺脱した誤りがあり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼす蓋然性のあるものであるから、審決は違法として取り消されるべきである。

3 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

〔編註〕 本件における主文および当事者の主張は左のとおりである。

主文

特許庁が昭和五九年審判第一六六七二号事件について昭和六二年五月一四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 原告

主文第一、二項同旨の判決

二 被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二 請求の原因

一 特許庁における手続の経緯

ハウニ ウエルケ ケールバー ウント コンパニー コンマンデイツトゲゼルシヤフトは、名称を「タバコ加工業において使用される材料、殊にフイルタ材料を被覆テープにて連続被覆する装置」とする特許第一一二三七八六号発明(一九七〇年一二月三〇日のドイツ連邦共和国への特許出願に基づく優先権を主張して昭和四六年一二月三〇日特許出願、昭和五五年一月一七日出願公告、昭和五七年一一月三〇日設定登録、以下「本件発明」という。)についての特許権者であるが、原告は、昭和五九年八月二九日、ハウニ ウエルケ ケールバー ウント コンパニー コンマンデイツトゲゼルシヤフトを被請求人として本件発明についての特許(以下「本件特許」という。)の無効審判を請求し、昭和五九年審判第一六六七二号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理された結果、昭和六二年五月一四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」と審決があり、その謄本は同年六月二四日原告に送達された。

被告は、昭和六二年七月八日、ハウニ ウエルケ ケールバー ウント コンパニー コンマンデイツトゲゼルシヤフトの法人格を法律上承継した。

二 本件発明の要旨

材料を長さ方向に送るための送り装置、被覆テープを連続体の上に被覆する連続体形成手段、加熱した熱溶融接着剤を被覆テープの縁に塗布する塗布装置、連続体形成手段の後に続く被覆済み連続体の接着縫合部の強制冷却をする冷却装置を有するタバコ加工業で使用される材料、特にフイルタ連続体材料を被覆テープで連続被覆する装置において、加熱した熱溶融接着剤を連続体に被覆する前に被覆テープ314の上に塗布するよう塗布装置351をボビン16から成る供給部と連続体形成手段302の間に設け、連続体形成手段302に、熱溶融接着剤を被覆テープの縁を重ね合わせた後活性化する熱源303Aを附属させることを特徴とする連続被覆する装置。(別紙図面(一)参照)

三 審決の理由の要点

1 本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

2 請求人(原告)は、フランス国特許第一、五八一、〇八三号明細書(以下「第一引用例」という。)を引用し、本件発明の構成要件の一である加熱溶融接着剤を被覆テープに塗布する塗布装置は、本件優先権主張日前に公知のものである旨主張し、これを根拠の一つとして本件特許の無効を主張している。

3 しかしながら、請求人の主張は、次に述べるとおり根拠がない。

(1) 第一引用例には、「加熱溶融接着剤」又はこれに対応する語は、全く記載されていない。

図面(別紙図面(二)参照)に記載された接着剤を被覆テープに適用する装置は、でん粉のり又は液状のポリ酢酸ビニル系接着剤の適用に適した構成のものとは認められるが、加熱手段を具備せず、また、ポリ酢酸ビニル系接着剤の適用に適するとするFIG4の装置は接着剤の輸送手段として蠕動ポンプを備えており、加熱溶融接着剤の適用に適した構成のものとは到底認められないものである。

(2) もつとも、ポリ酢酸ビニル系の接着剤は主として加熱溶融接着剤の形で使用されているのであれば、第一引用例記載のポリ酢酸ビニル系接着剤を加熱溶融接着剤と観念することもありえよう。

しかし、事実はそうではない。周知のとおり、ポリ酢酸ビニル系接着剤の主流は、水エマルジヨン型のものであり、特に紙製品の接着においては水エマルジヨン型のものが専ら使用されている。

第一引用例に記載された液状のポリ酢酸ビニル系接着剤を加熱溶融型のものと観念することはあり得ないというべきである。

4 請求人の主張は、このように既に前提において誤つているから、爾余の点について検討するまでもなく、失当なものというほかはない。

四 審決の取消事由

審決は、無効審判請求人である原告の主張を誤認し、その結果原告の主張に対する判断を遺脱したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

審決は、請求人(原告)が本件発明の構成要件の一である加熱溶融接着剤を被覆テープに塗布する塗布装置は第一引用例に記載されていることを根拠の一つとして本件特許の無効を主張しているものとした上、第一引用例には「加熱溶融接着剤」又はこれに対応する語は全く記載されていないと認定し、請求人の主張は前提において誤つているから爾余の点について検討をするまでもなく失当なものであると判断した。

しかしながら、原告は本件審判事件において加熱溶融接着剤を被覆テープに塗布する塗布装置が第一引用例に記載されているとは主張しておらず、このことを根拠の一つとして本件特許の無効を主張しているものでもない。

原告が本件審判事件において主張した本件特許の無効事由(昭和六一年二月二五日付弁駁書(以下「本件弁駁書」という。)第七頁以下)は、次のとおりである。

(一) 本件発明の構成のうち「材料を長さ方向に送るための送り装置、被覆テープを連続体の上に被覆する連続体形成手段、液状接着剤を被覆テープの縁に塗布する塗布装置、連続体形成手段の後に続く被覆済み連続体の接着縫合部の強制冷却をする冷却装置を有するタバコ加工業で使用される材料、特にフイルタ連続体材料を被覆テープで連続被覆する装置において……連続体形成手段に液状接着剤を被覆テープの縁に重ね合わせた後加熱する熱源を附属させる構成」は、氷国特許第三〇六〇八一四号明細書(以下「第二引用例」という)における無端のベルトコンベア(continuous closed belt conveyor)B、チユーブ形成手段(tube forming means)13、粘着剤供給回転盤(rotary adhesive applying disc)65、クーラーユニツト(cooler unit)17及びヒーターユニツト(heater unit)16により公知である。

(二) また、本件発明の構成中、「液状接着剤を連続体に被覆する前に被覆テープの上に塗布するよう塗布装置をボビンから成る供給部と連続体形成手段の間に設ける構成」は、第一引用例における「上記材料の周りに紙を封緘するための粘着剤は、紙のウエブがガーニチヤに進入する前に、下方に位置決めされたのり付け装置によりその紙のウエブに塗布される。FIG/Aには、ウエブ3にのりを塗布するための装置が図示され、またFIG4には、ウエブ3にポリ酢酸ビニルを塗布するための装置が図示されている。各々の場合に、その粘着剤はその紙の一端縁に接近して走る連続した細いストリツプ内に塗布される。」(第三頁第一八行ないし第二四行)との開示により公知である。

(三) よつて、第一引用例と第二引用例に示される各公知技術を組み合わせて本件発明の構造とすることは容易であり、この際において液状接着剤に代えて熱溶融接着剤を用いることも当業者が必要に応じて容易になし得るところである。

以上によつて明らかなとおり、原告は、第一引用例には、「液状接着剤」を被覆テープに塗布する塗布装置が開示されていると主張しているのであつて、「加熱溶融接着剤」を被覆テープに塗布する塗布装置が開示されていると主張しているのではない。

そして、原告は、第一引用例と第二引用例に示される各公知技術を組み合わせて本件発明の構造とすることは容易であり、この際において液状接着剤に代えて熱溶融接着剤を用いることも当業者が必要に応じ容易になし得たところであると主張しているものである。

原告が本件弁駁書を特許庁審判長に提出したのは昭和六一年二月二五日であり、一方、本件審理終結通知は昭和六二年四月二八日付でなされ、同年五月一一日原告に到達したから、本件弁駁書は審理終結前に特許庁に提出されていることが明らかである。

しかるに、審決は原告が何ら主張していない点について判断するのみで、原告の右主張については何ら判断していない。

したがつて、審決には判断遺脱の違法がある。

第三 請求の原因に対する認否

一 請求の原因一ないし三の事実は認める。

二 同四の審決の取消事由のうち、原告が本件弁駁書を特許庁審判長に提出したのは昭和六一年二月二五日であり、本件審理終結通知は昭和六二年四月二八日付でなされ、同年五月一一日原告に到達したことは認め、その余は争う。

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